7人の小人~side YZ~
昔から、容姿を褒められることが多かった。
綺麗だね、と言われ続けてきた。
小さい頃からモデルの仕事をしてきたからそう言われるのも当たり前のことかもしれないけれど、言われて悪い気はしなかった。
実際自分でも容姿にはそれなりの自信があったし、綺麗で居続けるための努力も惜しまなかった。
モデルの仕事は7歳の頃から始めた。これは元々モデルをしていた母親の影響だった。その頃現役モデルだった母親の指導によるレッスンを日々受ける傍ら、撮影やファッションショーに出演していた。
小学校に通いながら仕事をしていたため幼い頃は毎日忙しく、放課後や休日に友達と遊んだ記憶がほとんどなかった。
中学に進学する頃にはモデルとしてある程度名前が知られる程の存在となったが、クラスで有名人として扱われてしまったことで逆に上手く周りに馴染めなくなってしまった。
高校まで進学しても有名人扱いは変わらず、なかなか友達らしい友達ができなかった。
モデルの仕事は嫌いではなかったが、学校生活や人間関係に支障が出ていることを実感すると、このまま続けていてもいいのだろうか、何か他にもっとやれることがあるのではないかと考え始めた。
何か、新しいことを始めたい。モデルの仕事も続けたいけれど、もっと何かわくわくするような、もっと刺激的な、そして同年代とも人間関係を築けるような...
色々考え出していた頃だった。まさに渡りに船という出来事があったのは。
「失礼ですが、東城祐月さんですか?」
撮影が終わってスタジオから出たところ、いきなり後ろから声をかけられた。
「...そうですが?」
「ちょうどよかった。私、花菱プロダクションの矢形と申しますが...」
相手はスーツの胸ポケットから名刺を取り出した。
「アイドルのお仕事に興味はおありでしょうか?」
「...アイドル、ですか?」
「ええ」
相手は詳しく説明してくれた。
「実は今度うちの会社で、新しい男性アイドルグループを作ろうとしておりまして、そのメンバーを今募集しているんですよ」
と。
新しい男性アイドルグループ...か。
花菱プロダクション。この名前は耳にしたことがある。芸能プロダクションとしては大手でこそないが、アイドルから俳優やモデルまで、様々な職種のスターを輩出してきたやり手の事務所だ。
アイドルグループでもそれなりに名前の売れているのがいたはずだが、思い出すのは全て女性グループで、男性アイドルを輩出しているというイメージは沸かなかった。
「その新規アイドルグループのメンバーに、何故僕が?」
俺は一番疑問に思っていたことを聞いた。
「実は今回のアイドルグループ育成プロジェクトにはあるコンセプトがありましてね、それが"マルチに活躍できるアイドル"というものなんですよ」
"マルチに"...?
「アイドルとしてのスキルだけでなく、他にも色々な芸を持っていて様々な分野で活動できるアイドルグループを作りたいのです。東城祐月さん、あなたはモデルとしてかなりの経歴をお持ちですね。その経験を生かして、うちの事務所でアイドルとしてデビューしませんか?モデルというキャリアを生かしてのアイドルデビューになるので、アイドル活動をしながらもモデルの仕事を続けられますよ。」
なるほど。モデルの仕事と平行しての活動になるのか。花菱プロは所属事務所としても知名度は悪くないし、これから先もずっとモデル一本でやっていくよりは歌って躍れるアイドルとしてのキャリアを積む方が色々なチャンスも増えるだろう。
それならば...と思ったが、1つ大きな問題があった。
「あの、僕は歌もダンスも未経験でレッスンを受けたことすらないのですが。アイドルとしてデビューするのでしたら、最低限そういったスキルは必須ですよね?」
俺は気になっていたことを聞いた。
アイドルデビューさせてもらえると言われても、肝心な歌とダンスが出来ないんじゃアイドルになる意味がない。それだったらこのままモデルの仕事一本でやっていくつもりだった。
「レッスンは、事務所に入ったら全員受けることになりますので心配はいりませんよ」
矢形さんが答えた。
「それに、今回のプロジェクトでデビューが決まる予定のアイドルグループのコンセプトが"マルチに活躍できるアイドル"だと申し上げましたが、その"マルチ"の幅をできるだけ広げたいと考えておりまして、アイドルとして以外のスキルや経歴があることを強みとするグループの結成を目指しています。なのでメンバーは事務所の候補生だけでなく外部からの加入も考えていて、一般公募も行っているんです」
「一般公募...ですか。ということは...」
「そうなんです。これまで全く芸能活動の経験のない一般の方々にも応募していただけまして、条件を満たせばこのグループに所属してデビュー候補メンバーになることができるシステムです。そのように芸能界自体が全く未経験の方も対象としているので、事務所に入ってから必然的にレッスンは受けていただくシステムをとっているんです」
なるほど。
矢形さんの説明を一通り聞いて、俺はなかなかにこの話に興味を惹かれてきていた。
これまでやってきたモデルのだけでなく、アイドルという新しいジャンルの仕事に挑戦できるというのは、何か新しいことを始めて活動の幅を広げたいと思っていた今の俺には逃せないチャンスだった。また何より、これまで芸能界に全く縁のなかった人達と関わる機会があるというのは、幼い頃から芸能界で生きてきて仕事関係以外でほとんど人付き合いのなかった俺にとっては魅力的な話だった。
「東城さんにはぜひうちの事務所に入っていただきたくて。モデルとしてのキャリアも長いですし、ビジュアルの良さを売りにしてる芸能人の中でもなかなか見つからないほどの綺麗なお顔で、体型もすららっとしていらっしゃるじゃないですか。ぜひうちの事務所に入って今回の新規グループのメンバーになっていただきたいんです」
強く懇願されるような眼差しで迫られ、俺はついに覚悟を決めた。
「わかりました。アイドルデビューのお話、受けさせていただきます。」
そう答えると、相手の顔がぱあっと明るくなった。
「本当ですか。ありがとうございます。それでは早速...」
「ですが...」
「?」
俺は一息吐いて、言葉を続けた。
「少しだけ時間をくださいませんか。先に伝えておきたい人がおりますので」